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3月23日現在の東北地域教会の近況報告

 

23日、若林区の海岸沿いまで行った時は、広がった光景に口がふさがらなかった。津波の被災地、ってテレビでは見たが、これほどに完璧になすすべもなく、流されてしまうのか、という思いでした。海岸と並行して走っている有料道路や高速道路がなかったら、その被害は、かなり広い範囲に及んだことでしょう。
幸い、kccj教会は海岸近くにはなかったので、壊滅的な被害から免れたという点では、一安心ということですね。

24日、11時ぐらいだったかな、関東地方課の、被災対策委員会の方々が、日本基督教団東北教区センターに着きました。本当に嬉しかったのです。一日の予定できていた仙台が三日目に入ったところだったでしょうかね。大変長い12時間をかけて東北に着き、避難所の幼稚園で一泊してからのことを鑑みると、20時間かかったと思います。
東北教区の常置員会が開かれていたので、みんなで神の平安を伝え、積んでこられたラーメンなどサンプルをお見せし、渡せる物資について話し、これから協力して支援に当たっていくことを申しました。

関東地方会の対策委員たちと昼食を一緒に食べ(ご馳走されちゃった)、これからの支援のことを思い、仙台領事館/韓国民団にも挨拶に行って来ました。

24日、午後2時頃、一人で、石巻(いしのまき)にある、教団の山城町教会まで行って来られました(東北教区センターからガソリンの供給を得たから)。鈴木淳一・裵善喜牧師夫妻が牧会しているところです。4月から大阪のある教会への赴任が決まっているそうだが、もうしばらくの間、教会に留まるそうです。

通行に規制があって、入れないところ、警察官に名刺を出し、説明したら、通行を許されました。町全体が、壊滅的な被害を被っていました。沈水の被害とは異なる、車はあちらこちらに転がって横になっていたり、重なっていたり、24日は、生きるか死ぬかという第一段階は終わり、掃除でしょうけれども、余り人が見えなかったね。下水道のにおいもしました。

山城町教会は、高いところだったので、そこから上のところは、何の被害もありませんでした。最初何日間かは、おにぎりを作るなり、被災された町の住民の世話をされたそうです。鈴木牧師に案内されて高台の、神社まで上ってみたら、眼下に広がる光景、港というか、そこと町と繋がっているところ、どこを見ても、廃墟、でした。まさに0からのスタートということになるでしょう。亡くなられた方々やその家族に神の慰めと平安があることを祈るだけでした。

こういう時に、アメリカの名も知らない諸団体は行動が早いですね。もう二日前から、山城教会について、いろいろ手伝っているそうです。韓国の教会関連の支援団体とは違っていた。決して自分らを目立つようにはしない!
KCCJは何をしたらよいの、って感じです。そういう体制が全くなっていないですね。

24日午後6時30分〜8時45分、「仙台キリスト教連合被災支援ネットワーク」(通称:東北ヘルプ)には5〜60人集まっていたかな。後ろから取るつもりが、立っている人も多く、画面に入らなかった人も多かった。おおよそ、20教派/8団体から、個別にも動くけれども献金や物資などを届ける体制は、一つの窓口からということです。

 

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