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北朝鮮の同胞へ練炭を届ける全国女性会

 

北朝鮮の同胞へ練炭を届ける全国女性会全国教会女性連合会
北朝鮮へ「愛の練炭」を届ける

2008年に、全国女性会は北朝鮮の同胞を助けるため、「愛の練炭」募金を行い、全国の女性たちだけでなく、日本の教会の人々からも貴い献金をいただいた。ところが、開城の扉は「開けては閉じ」の繰り返しで、私たちは3度ものキャンセルを味わい、なかなか「愛」を届けることができないまま1年半が過ぎようとしていた。しかしやっと、3月30日、開城の扉は私たちに開いたのであった。
その知らせは突然で、決断は急を要した。急遽、金貞姫会長、金貞子社会局長、金必順総務、呉寿恵第3代総務がソウルへ飛んだ。
開城への練炭運び入れは、5万個の練炭を25トントラック8台に積んでソウルから陸路で入るのだが、その前に、政治と宗教の話はしないなど、北に入るための教育を受けなければならなかった。
ソウルから車でわずか40分も走ると、開城に着いた。非常に近い。統一省南北出入管理事務所を9時半きっかりに通過し、午後3時半には戻らなければならない。この時間を少しでも逃すと出入りができないため、通過時には緊張が走った。
早春とは言え、韓国には木々が豊かであった。しかし、南側との境を越えるや否や、茶色くやせた土がむき出し、見渡す限り木はない。北側の鉄条網の入り口には、テレビでよく見たあの大きな帽子をかぶった若い兵士が無表情に立っていた。
立派な工場の並ぶ開城工業団地を通過すると、道はたちまちでこぼこ。そのまま民家を通り過ぎ、とある村の鉄道の駅に着いた。そこには、地元の男性が数十名、練炭を下ろすために待機していた。駅と言っても、建物も看板もなく、昔のプラットホームらしき跡に沿ってトラックが並んだ。
私たちもエプロンと軍手をして、トラックから練炭を降ろし、プラットホームに積み上げる作業にとりかかった。練炭は意外に重い。1個が3.6キロもする。練炭はつぶれてしまうと使い物にならないので、乱暴には扱えないし、高く積んでもいけない。
一緒に作業をした北朝鮮の人々は、無表情で、口数も少なかった。しかし、練炭の扱いが不慣れな私たちが作業しやすいように、気遣ってくれているのを肌で感じた。2時間近くして、練炭は全部おろされた。
そこで、私たちに同行した基長女信徒会が用意してきたお餅を配った。北側の食料不足を聞いていたので、彼らはお餅を見て目の色が変わり、必死の態度にでるのではと予想していたのだが、その期待は見事に裏切られた。彼らの表情と態度は淡々としており、こちらから「お餅を受け取りましたか?」と、一人ひとりに尋ねなければ受け取らない。
むしろ、物質の豊かな日本では、物欲にとらわれた人々があさましい姿をさらしている。物に恵まれている私たちは、決して満足せず、欲望はさらにエスカレートしているのではないか。その点、北側の人々は、(教育の結果かもしれないが)人間としての節度を備えているように見えた。
鉄道レールの向こう側、村の真ん中あたりに、新しい立派な塔が建っている。しかし、その周辺の人々が住んでいる建物は灰色で、老朽化し、屋根もガタガタである。こんな家で、どうやって寒い冬を耐えるのだろう?この家々の様子は1960年代の韓国と同じだそうで、その頃は北の方が生活は良かったのだと、同行した女信徒会の人が教えてくれた。
かたわらの田畑の土はいかにも痩せていて、手で刈り取ったらしい稲跡の間隔は狭い。木がないため、国土全体の砂漠化が進んでいる。それでも、南側から練炭を運び入れることによって、金剛山の木だけは何とか伐採されないですんでいると聞いた。北側には、練炭を作る設備はない。
私たちを案内した名勝地総合開発指導部副部長の官僚に、思い切って聞いてみた。「北には石炭が沢山あるのではないですか?」。彼の答えはこうだ。「炭坑はあるが、みんな中に水が入ってしまっているんです。」それで、石炭を掘り出せないのである。燃料と食料の問題は、ますます深刻だ。
村の人々の様子も気になる。仕事がないため、歩いていても、座っていても、目的もなくぼんやりしていて、好奇心の片鱗すらない様子であった。私たちを見ても、興味を示さない。
帰途、私たちは昼食の接待を受けた。こぎれいな身なりの若い女性が給仕してくれたごちそうは、食べきれないほどの種類と量であった。北朝鮮で食べ残しをしてはならないと思い、必死に食べたが、全部はどうしても食べ切れなかった。私たちにこんなにご馳走しなくてもいいんですよ、という言葉を呑み込んだ。
食後、給仕をしていた女性たちが楽器(電気ピアノ、ドラム、アコーディオンなど)を持って演奏し、歌を歌った。その中で、アコーディオンを演奏した女性に、私の心と目は釘付けになった。「アリラン」の複雑な変奏曲を、ダイナミックに、まるでオーケストラのように全身で弾く彼女の姿は、「ひたむき」そのものであった。私たちが失くしてしまった人間存在のオリジナルな輝きが彼女からほとばしり出ていて、まるで「谷間に咲くゆり」のようであった。
練炭を届けることは、ただの人道支援で物資を届けることに終わらない。私たちが北の同胞を覚えて祈ることの実践であり、またその祈りを直接伝えることである。今回のことを通して、北朝鮮の困難をわずかに垣間見たに過ぎないが、自分の五感で実際に感じ取るものの大きさは計り知れない。テレビで編集された金正日書記や軍人の姿、「悪の枢軸」と悪口を言われる国家、そのような先入観よりもっと大切なのは、そこには神様がいとおしんでおられる多種多様な生身の人々が、風前のともし火のように生きているという事実である。練炭を通して、そこにいる人々と出会い、つながることこそが、平和実現のための重要な一歩である。
(全国教会女性連合会 金必順総務)

 

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