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アジア宣教会議(Asia Mission Conference)がミャンマー・ヤンゴンで開催

 

アジア宣教会議(Asia Mission Conference)がミャンマー・ヤンゴンで開催

許伯基牧師が参加 

 10月12日より16日の5日間にかけて、ミャンマー・ヤンゴンのフランク・オーディトリウムにて、アジアキリスト教協議会(CCA)によるアジア宣教会議が開催された。これは1994年に韓国で開かれた最後のアジア宣教会議から23年ぶり、CCAの創設60周年記念を兼ねて行われたものである。この歴史的な会議に、アジアを中心に世界各国から約600人の参加者が集まった。日本からは各教派、団体から9名、韓国からはなんと30名を超える参加者があった。

 「アジアにおける真理と光とは何か、を預言的に証しする旅路をともに」という主題のもと、アジアの現実が抱える問題に対する神学的な考察が講演され、またアジア各地でキリスト教会運動としてなされている様々な取り組みに対する報告がなされた。その分野は多岐にわたった。宗教間の対話と平和の構築、環境破壊と経済的不正義の問題、移住民の受け入れと少数者の権利保護、キリスト教信仰の脱植民地化と土着化などである。韓国からは、PCKの前事務総長であるイ・ホンジョン牧師(11月にNCCK次期総務就任が内定)が、北朝鮮の現状と朝鮮半島分断の克服について発題した。日本からは東北ヘルプ事務局長である川上直哉牧師が、被災地における超宗教的な弔いの実践と、福島の被爆被災地における心身のケアの取り組みを発表した。会議は最終日の16日に10頁にわたる「アジア宣教宣言」を採択した。その中でCCAは「まことの宣教の中で、神は私たちに他者に対する寛容さと癒しの能力を与えられる。だからこそわたしたちは、葛藤と緊張のただ中に平和を築き、他の信仰を持つ兄弟姉妹とさえも調和を成し遂げる使命を帯びるのである」とし、宗教や政治理念の違いにより争いの絶えないアジアの現実を、キリスト教の宣教課題とした。

 エキュメニカルな大会に参加すると、いつも楽しみなのは礼拝である。プログラムは毎日礼拝で始まり、礼拝で終わるが、その時ごとに、各教派が導く多様な礼拝を体験することが出来る。簡略化された説教中心の礼拝順序になれている私たちにとっては、とても新鮮な経験である。特に圧巻だったのは、最終日の朝に捧げられた、演劇仕立ての礼拝であった。舞台では、戦争、暴力、セクシャル・ハラスメントなどの形をとった、私たちの中に内在する「罪」が、いかにして私たちアジアの人々の関係を引き裂いていったかが躍動的に表現され、それを乗りこえさせてくれるのは、今回の重要テーマの一つである「十字架の霊性の体現」であり、それを担っていくのが、ここCCAのアジア宣教会議に集められた私たちひとりひとりのつながりである、と表された。閉会礼拝では、参加者全員が参与する聖餐式が持たれたが、私は光栄にもその司式の一部を担うこととなった。

 わたしたちがミャンマーを思う時、長く続いている軍政による独裁や、アウンサン・スー・チー氏の軟禁、そして昨今のロヒンギャと呼ばれるイスラム系少数民族に対する虐待などから、どうしてもきな臭く政情不安なイメージを持ってしまいがちである。しかしヤンゴンの市内をあてもなく歩き回りながら受けた私の印象は、貧しいけれども、ポジティブなパワーに満ちあふれた町、であった。人々の目は輝き、笑みが絶えず、たくましさに溢れている。そして圧倒的な仏教国であるが、キリスト教会が社会の中でしっかりと存在感を放っている感じを受けた。むしろ、物質的豊かさの中でネガティブになりがちで、クリスチャンとしての影響力を社会にほとんど発揮できていない私たちの存在を問われている感じがした。このような機会をあたえてくださった神と総会に心から感謝したい。

 

 

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