あなたを忘れない <イザヤ49:15 ~ 16 >
朴 栄 子 牧師(豊中第一復興教会)
◆オモニのような神の愛
母親は子どもをよく観察しています。顔色や様子を見ただ けで、調子が悪いのか、嫌なことがあったのか、すぐわかり ます。いたずらや悪さをしたとき、うまく隠したつもりでも、 母親には通用しません。皆さんは、オモニのどんな姿を思い 出しますか?
オモニの愛は本当に深いもの、ありがたいものですが、残 念なことに、子どもを愛せない母親、見捨ててしまう母親も います。言うに言われぬ事情があったのかもしれません。愛 されることなく、憎まれ、見捨てられたのかもしれません。
神は「たとえ、女たちが忘れようとも、わたしがあなたを 忘れることは決してない」と言われます。私たちはよく「父 なる神さま」と呼びかけます。しかし、神は、母親のような 側面も持っておられ、今日のみことばはそのことを示してい ます。
神の愛は、オモニの愛にもまさるほど強く深いものなので す。乳飲み子のそばにいる母のように、片時も離れず見守り、 慈しんで世話をするだけではなく、なんと手のひらに刻んでくださるのです。一度刻んだら消えないものとして、神はあ なたの名前を、その存在を手のひらに刻んでいてくださるの です。
さらに、「あなたの城壁は、常に私の前にある」というのです。 城壁で囲まれたエルサレムの町全体が神のものだ、という意 味です。私たちに置き換えるならば、私とあなたの存在のす べて、歴史のすべてが、神の前にいつも置かれているという ことです。私たちは自分がいつどこに生まれ、いつどんなふ うに死んでいくのかを知りません。しかし神は、私たちが母 の胎内にあるときから知っておられ、人生のすべてを見てい てくださり、息を引き取る瞬間までそばにおられます。それ どころか、その後のことも、御手の中にあるというのです。
◆人生の危機
現代は高齢化社会、医療化社会です。多くの人が長生き し、ほんとんどの人が病院で死ぬ時代になりました。ですか ら自分がどういう最期を迎えるのか、どういう医療を受けるのか、いろいろな選択をしなければならない時代になりました。日本だけではなく、先進国ではどこでも同じです。しかし、1970 年ごろまでは、病や死ということについて考えたり、話題にしたりすることが避けられてきました。近年は積極的に考えようという傾向があります。その大きなきっかけになったのが、『死ぬ瞬間』(E・キューブラー・ロス著)という本です。スイスの精神科医が書いたこの本は全世界で読まれ、ホスピス運動が広がっていくきっかけにもなったので す。ロス博士の所に、あるとき神学生が訪ねてきました。「人生の危機」という題で論文を書くことになり、人生最大の危機はだと考えたが、研究方法がわからない。そこで一番いいのは、最も死に近い末期患者に話を聞くことだということになり、博士に協力を要請したのです。1965 年のことです。それから博士と学生は200 人近い末期患者にインタビューすることになりました。最初はどの病院からも断られました。末期患者に死について聞くなんて非常識だ、容態が悪くなったらどうするというわけです。ところが、粘り強く協力者を募集したところ、ぜひ話をしたいという人が大勢現われたのです。ロス博士と神学生、そして世界の人々は知りました。死を間近にしている人は、自分の死について、いのちについて、 一番関心があるということを。しかし、家族や友人などは怖がって話題を避け、死期が迫っている人に「顔色がいいね」とか「元気になったら何をしようか」とかどうでもいい話ば
かりしてしまうのです。なぜ、避けるのでしょうか。病人が 一番知りたいのは、「死んだらどうなるのか」「どこへ行くの か」、あるいは「私にはあとどのくらい時間があるのか」といった誤魔化しようのない根本的な問いだからです。
◆神の前にある人生
私たちは、人生まだまだ先がある、時間があると、どこかで思っています。けれども、あっという間に歳月はすぎ、自分が何歳まで生きるのか、いつどんなこと起こるのかは、誰にもわかりません。私たちがどこから来てどこへ行くのか。私たちのいのちの問題、死後の問題。これはいずれ避けて通れなくなる問題で
す。家族や親しい友人が直面することになるかもしれません。その時、この話題を避けて、適当な話題でお茶を濁すか、そ れとも大切な人の大切な問題にきちんと向きあうことができるのか。それは、私たちの日頃の生き方にかかってくるのではないでしょうか。
私たちがたとえ神のことを忘れていても、神は絶対に忘れることはありません。その愛情は、母親の愛情のように、またそれ以上に深いのです。私たちにあたたかい愛情を注いでくれたオモニ。雨の日も風の日も、どんな状態の時にも支えてくれたオモニ。オモニを与えてくださった主に心から感謝をささげましょう。そしてあなたの生まれる前から、この世に生を受けてから死ぬ時まで、また息を引き取った後まで、すべてがこの神に知られており、守られていることを覚えましょう。